20260724 衣笠広報
鶴山師
私の前任地の一つ、伊勢教会にはお隣に子ども園があります。2018年着任して、園長先生より、月に1度、年長さんにお話をしてほしいという依頼を受けました。子どもさんたちに月に1回お話しか…ウーン、どうしたらいいのかな…と戸惑いました。それまでに誕生会で子どもさんたちを祝福をするということはありましたが、定期的にお話をするというのは経験がなかったので…まずは前任の神父様にお話を伺いました。神父様曰く「毎月、誕生会のイメージで、話をしていたけど」とのこと。命ということを念頭に置いてお話に臨んだらどうだ、という意味合いのアドバイスですね。まずは4月やってみました。惨憺たる有様でした。これはいかん、どうするかな…しばらく考えてみて、よし、絵本だ。本屋に行こうと思いました。ですので前任地では時々、本屋さんの児童書のコーナーに留まって真剣な顔をして教材研究に臨んでいたわけです。 今回はその頃に購入した本の中から一つ紹介したいと思います。『買い物は投票なんだ』という本です。この本の主人公の言葉を紹介してみたいと思います。
少しだけ立ち止まって考えてほしいんだ、 この星にすべての生き物は 水や土や空気をいっしょにつかって生きている。 自然の恵みは人間だけのものではない。 なのに君たちは必要以上に奪ったり 考えもせず汚したり 治せないくらい傷つけたり 聞こえていないのかい? 他の生き物たちの泣き声が こんな生き方をつづけていけば それは大きな問題となって けっきょく 君たちに跳ね返ってくるんだぞ? そんなこと望んでいないだろ? 今からこの星で 君たちが起こしている問題を伝えていくよ。 もっと広い目でみてごらん 大切にしなきゃいけないことが 見えてくると 思うんだ。
ところで、私がミサの中でお話しする際、いつもぼんやりと意識していることは、ロゴス・キリスト論という神学の言葉です。ロゴスというとヨハネ福音書を思い浮かべるでしょう。ヨハネ福音書ではイエス様を最高のロゴスとして紹介するわけですが、そもそもロゴスとは、言い換えますと、知恵であり、理である、と。それも世界全体の存在とその在り方を導く知恵であり理ということです。また人間がいかにより善き者として生きるかの知恵、そしてその知恵に従って生きる生き方のことを意味します。完全なロゴスはキリスト・イエス様であり、イエス様の御生涯という模範ということになります。聖ユスティノス(100?‐165)、彼がこのロゴス・キリスト論の代表的人物になるのですが、彼の言葉を借りると「ロゴスに与って生活した人々は、たとえ無神論者と見なされた場合でも、キリスト教徒なのだ」と言います。ですから善や正義を求め生きている人には、部分的なロゴスがその人のうちには与えられているということになります。
今日の福音を黙想して心に留まった個所は3節「種を蒔く人が種蒔きに出ていった」という箇所です。ここでいう種を蒔く人は本来的にはイエス様です。しかしながら私はこの箇所を黙想した時に、全ての人にすでに神様によってロゴスの種が蒔かれている。そして多くの善意の人はそのロゴスの種を成長させているんだ、ということです。 私は今日の福音を黙想する中で、前任地で、本屋でいろいろと探し物をしていた時、イエス様を知らなくとも真理・善・愛に従って、ロゴスに従って生きようとしている多くの人々がいるということに心強くなったことを思い出しました。
引用・参考文献
・note 「ソクラテスはクリスチャン?啓示論の視点からみたロゴス・キリスト論 現代神学思想演習」
濱 和弘 著 2022年5月5日 https://share.google/GKIk2TggqtA8FI4SM
・「買い物は投票なんだ」 ほう 藤原 ひろのぶ 著 フォレスト出版 2018年